鹿児島弁の思い出 大募集!

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( “方言札” の思い出はたくさんいただいていますので、励まされた、大きな勘違い、おもしろい思い出などいただけるとありがたいです。お送りいただいた鹿児島弁の思い出は順次掲載していきます。 )

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鹿児島弁の思い出

いままで届いた鹿児島弁の思い出

 

近所のおじさんが「へっがでおた」ってよく言ってて、オナラが出たことをわざわざ言わなくても…と思ってたらオナラじゃなかった!(へっは大丈夫 さん)

妻が志布志出身で、ぶーたが横浜在住です。妻がアイスを足にこぼして、いしたっ!と言ったのですが、ぶーたは分からず。いした、分からないのか?!と怒られて思わず調べました。妻は今日までいしたが鹿児島弁だとは知らなかったようです。(ぶーた さん)

小学校に入って間も無くの作文で『お父さんは大阪に金取りに行きました』と書きました。
『ぜんとい』を何とか標準語に言い換えようとしての苦肉の策でしたが、のちに『出稼ぎ』と知りました。(テレット会社の社長 さん)

上京して15年。いまだに、雨など急に水滴が飛んできたりすると、「いっちゃ!」と、条件反射で言ってしまいます。(bamvi さん)

川崎市の会社時代、頭の大きい男の子が鹿児島から男子寮に入ってきました。ついたあだ名が「ふてびんた」でした。県外出身の寮生も、意味もわからないままそう呼んでました。(からいも飴 さん)

「お客さんにえさっせんね」と言われた孫がお客さんのワンちゃんにペットフードを持ってきて、みんなで大笑いでした(福島 さん)

仕事で大きな失敗をしたとき上司が笑顔で「へのようなこっじゃが、どげんかないが」と言ってくれて救われた気分になりました(東郷 さん)

就職の面接で超緊張していましたが母に「てげてげでよかたっが」と言われたのを思い出して緊張がほぐれました(みかん さん)

マラソン大会で走っててキツくて足が止まりそうになり棄権しようかと思ったとき、街頭で応援してたおばちゃんは「やいかぎいやれー!きばれ!」と応援しててなんとか完走できました。(次は好タイムを出したい さん)

就職試験が不合格で落ち込んでいたら母に「はしとせんか!」と言われて元気になりました。(ひろほろ さん)

帰省して鹿児島弁を聞くと「帰ってきたな〜」と感じます(鹿児島マン さん)

「すんくじら」は鯨(クジラ)の仲間だと思ってました(;^ω^) (さつまクジラ さん)

就職で県外へ引っ越すときに父から「いっでん 帰っこんか!」って言われて涙がでそうになりました。(頑固爺 さん)